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たいむかぷせる2

何年か後に見なおして頭を抱えてくなるものたちのあつまり

学歴コンプを供養したい

思えばこのブログを作ってから結構な時間が経つ。過去のじぶんの記事というものは,見返してもあまりいい気持ちのするものではなくて,できればそうしたくないものではあるけど,せっかくいい機会なので見返すことにした。

大体このブログは2012年頃から書かれていて,かなりの期間を空けつつも更新は続けられ,今に至っている。最初の受験が終わってすぐ作られたということになる。

京都大学は2回受験したけど,けっきょく2回とも落ちた。
けっきょくもちろん一度目より二度目の方が点数は高かったけど,けっきょく落ちた。浪人の時期のことはけっきょくブログに書かなかった。受かったとしたら書こうと思っていたことはたくさんあって,受からなくても書こうと思っていたことは少しあったけど,書いているうちに気分が重たくなってきて,途中まででぜんぶ投げ捨てている。

そんなわけで,ぼくは早稲田大学に進学した。最初は気分が重たかったのをよく覚えている。なんだかんだ高校まではすべて第一志望に合格し続けてきていて,第二志望以下に進学するのは初めてのことだった。「じぶんは本当はこの大学に進学するような人ではなかった」などという無意味なプライドを持ちながら,喜び勇んで入学してきた推薦入学組を,表面上には出さずとも,心の奥底では見下していたのだと思う。

ここでいう《学歴コンプ》というのは,「いちばん行きたい大学に行けなかった」という事実から生まれるものを指す。ことばの定義は色々あるだろうけど,本質的にはこういうものだと思っている。そこに大学のランクはあまり関係ない。むしろ「世間からはいい大学とされている大学だけどじぶんは行きたくなかった」という事実は,《学歴コンプ》をより根深いものにしていく。じぶんでは満足していない大学名を他人に誉められる度に,その不一致がストレスになるからだ。

中学〜高校にかけて,人生のリソースの大部分を注いできた「勉強」が最終的には報われなかったという事実は,志望校に落ちてしまった受験生の上にずうんと重くのしかかる。基本的にぼくらは「たくさん勉強をして,いい大学に行く」ことが最良の自己実現かつ人生のあるべき姿だと思っているし,それしか知ってこなかったからだ。

《学歴コンプ》を消すことはできない。
ずっと消そう消そうと思っていたけれど,けっきょく消すことはできないものなのだ,と思うようになった。京都大学に行ければどれだけよかったかと思うことは今でも何度もある。ぼくは幸運にも学歴ロンダリングに成功したが,それによって《学歴コンプ》が解消することなどなかった。けっきょく4年間を無駄にしてしまったのだとか,ここで上手くいくならなぜあのときとか,多少は軽減されるとしても,消えることはない。

そういうわけで,けっきょく《学歴コンプ》とは一生付き合っていくしかない。大学に落ちてしまったのだという事実は覆せないし,浪人や再受験という選択は,今の日本においてはそれほど楽な選択肢とも思えない。そんな意味で今回は「供養」という言葉を使った。消せないし,書き換えられないけれど,なんとかずっと付き合っていかないといけないもの。そういうような意味だ。

けれど,《学歴コンプ》を持ち続けているのはものすごくかっこ悪い。たぶんこの文章を読んだ人もそう思うはずだ。第一志望に落ちてしまって,第二志望の大学に通っているじぶんが悲劇の主人公だと思ったとしても,そんなこんなで不合格になった受験生はものすごい数になるだろう。第二志望の大学が第一志望だった人もいるのだから,なんてことは言わない。けれど,せっかく母校になる大学なのだからひねくれていない方が大学生活もきっと楽しくなるのだと思う。第二志望の学生たちで傷を舐め合っていても仕方ないし,外の人から見たらみんな同じ「早稲田生」でしかない。

つまるところ,学歴は「高い方がいい」くらいのものなのだな,とさいきんは思うようになった。学歴が高い人の方が色んなことに成功する可能性が高いけれど,それは必須のものではない。高校生のときのぼくは「高学歴」になることしか人生での自己実現の方法を知らなかったけれど,そのための方法はいくらでもある。大学の勉強をきちんとするとか,バイトをがんばるとか,インターンで結果を出すとか,サークルで友達をたくさん作るとか,それはなんでもいい。そういうものを見つけると,少しずつ気持ちが楽になっていった。

そんな意味で,さいきんはようやく《学歴コンプ》ときちんと向き合えるようになった。毎日がうまくいかないと,その原因を「不合格だったこと」に帰着させがちだったけれど,それをやめた。けっきょくはじぶんでじぶん自身をなんとかしていくしかないし,過去にぐちぐちこだわっていても仕方がない。というのに,もう少し早く気づきたかった。おわり。

スマートウォッチを買って変わったこと

 

そういえば少し前にスマートウォッチを買いました。常に身体に身に着けて使う,いわゆるウェアラブルバイスというやつです。
ちょっとお金に余裕があったから買ったので,それほど期待していたわけでもなかったのですが,なんだかんだ日常ががらっと変わったので,ちょっとそれについて書いてみようと思います。

Pebble Time 

 つけているとよく「それApple Watch?」と聞かれるのですがそうではなく,Pebbleという会社が出している「Pebble Time」というスマートウォッチで,Apple Watchに比べるとかなり安いのが特徴です。だいたい12,000円くらいでした。使い方や特徴についてはあとで詳しく書きますが,ざっくり言うと「スマートフォンの通知を受け取れる」ものです。

デザインから高級感あふれるApple Watchと違って,見た目も少しチープです。

主な特徴

  • iOS, Android双方で使用できる
  • バッテリーのもちが非常にいい
    • 通常使用でも5~7日くらいもつ
  • 通知を振動で教えてくれる
  • カレンダーの閲覧・リマインドができる
  • ライフログのデータを取得できる
    • 歩数・睡眠時間など

大体こんなところです。夢のようなデバイスかと思いきや,できることは意外と多くはありません。Bluetoothスマートフォン本体と接続して使うので,スマートフォンがないとただの時計と同じです。
ぼく自身も,コレがものすごく必要だから買ったというよりは,多少お金も余っていたし,前々から興味はあったから買ってみるか,といったようなところです。

スマートフォンは高性能すぎる

スマートウォッチを買ってから,このことをよく考えるようになりました。
選択のパラドックスのような話にもなりつつありますが,現代において我々は,常にたくさんの情報,選択肢にさらされて生きています。特にスマートフォンやラップトップPCなんかが,それを実現してくれますよね。
でも,常にあらゆる情報を入手し続けることが果たしてしあわせなのかというと,そういうわけでもなさそうです。それまでは,なにか別のことをしていても,常にスマートフォンやその通知が気になってしまっていました。特に通知は来ていないけど,なぜだかスマートフォンを見てしまって,集中は途切れるし,無駄な時間は使ってしまうし,という感じでした。まさに情報に踊らされてしまっている感じです。
どうやら,

  • 常につながっていたいということ
  • そこからあらゆる情報にアクセスできてしまうこと

この2つが原因であるみたいです。

「すべて」の情報を「常に」受け取る

スマートウォッチは,スマートフォンに来る通知を基本的に「すべて」受け取ることができます。そしてそれは基本的に「常に」左手に身に着けているものです。これって一見すると,スマートフォンと変わらないじゃないか,と思うかもしれません。でも,使ってみるとわかるのですが,それらは異なる体験でした。
「『すべて』の情報を『常に』受け取る」ということは,見逃す心配がない,ということだからです。スマートフォンが少し身体から離れているだけで不安で, なにも通知なんて来ていない はずなのにスマートフォンを見てしまっていたあの頃と比べて,無駄にスマートフォンを見ることは減りました。
また,「すべて」の情報を「常に」受け取る生活を続けていると,ぼくらのスマートフォンに届く通知のうち「本当にすぐ見なければ,返答しなければいけないもの」は本当に少ないことに気づきます。ほとんどの情報は放っておいたってよく,とりあえず届いていることさえ確認できればよいのです。そのためにはブルっと来たら手首をチラッと見ればよいだけで,作業を中断する必要はありません。
すべての情報を常に受け取ることで,情報に縛られなくなるというのは,かなりびっくりしたところでした。スマートフォンを見る時間は,明らかに減ったと思います。

必要最低限である,ということ

先にも述べたようにPebble Timeはかなりチープで,できることは限られています。Apple Watchと比べても,タッチパネルではないし,液晶も電子ペーパーで解像度も低く,マイクだってありません。でもそこがものすごくうまく作ってあるところで,それで十分なんですよね。
電子書籍スマートフォンではなくタブレットで見るように,テキストメッセージの返信はスマートウォッチではなくスマートフォンで行います。最近ではノートブックがタッチパネルを備えてタブレットに近くなったり,スマートフォンが大型化してタブレットに近くなったりと「なんでもできる」デバイスが増えているように思います。
でも,ウェアラブルバイスに対してはその「なんでもできる」ということは必ずしもいいことではありません。腕時計の小さな画面を見るくらいなら,さっとカバンやポケットからスマートフォンを取り出した方が快適だからです。常に身につけておくのは,本当に「最低限の機能」でよいのです。
Pebble Timeはその「最低限の機能」により,常に画面がついているにも関わらず,フル充電で5~7日というバッテリーの保ちを実現しています。Apple Watchは腕の上げ下げを判断して画面をつけたり消したりしますが,「時計」と名がついているのに常に時間が表示されていないというのも,なんだか変な話ですよね。

ウェアラブルであるということ

はじめて買ったウェアラブル(=常に身につける)デバイスが,ここまで生活を変えてしまうとはあまり思っていませんでした。けれど,これからの世の中は,もっともっとウェアラブルな方向に動いていくことでしょう。今までのような「オールマイティーなデバイスを1つ持つ」というのではなくて「特化したいくつものデバイスに囲まれる」という生活が,これから始まるのかもしれません。
ウェアラブルであるということは,意識せずに情報をやり取りできるということです。まさに情報をまとうかのように,じぶんに必要な情報を得たり発信したりできる世界も近いのかもしれません。
また今回は「情報を得る」ことを主に書きましたが,身につける「センサ」としてのウェアラブルバイスの機能も注目すべき点です。活動,歩数,睡眠,脈拍なんかをトラッキングして,なんらかの形で可視化し,ぼくらの生活に指針を与えてくれるかもしれません。
そんなわけでスマートウォッチ,おすすめです。

東京大学大学院 情報理工学系研究科 創造情報学専攻に合格しました

はじめに

色々あって院試に合格しました。東京大学大学院 情報理工学系研究科 創造情報学専攻2016年度の夏入試です。じぶんが受けるときにほとんど情報がなくて困った覚えがあるので,あとから受ける人のために色々と情報を残しておこうと思います。受けたのは自大の内部進学(早稲田大学 基幹理工学系研究科 情報理工・情報通信専攻)と東大だけで,両方とも合格をいただくことができました。 内部進学についてはたくさん情報が揃っているので今回ここでは書きません。

受験先の選択について

大学院,特に他大学を受験するはたくさんの選択肢があります。専攻を決めるのも一苦労だし,専攻を決めたあとも受験科目や研究室など,たくさんのことを じぶんで決め なければなりません。 たとえばぼくは情報科の人間でしたが,東大だと情報理工学系研究科に加えて,学際情報学府や工学系研究科,新領域創成科学研究科を受験される方もいるでしょう。とはいえなかなか受験先を選ぶのはむずかしいので,ぼくはこんな感じの指標を用いたぞというのを以下に示しておきます。

  • 自身のやりたい研究と一致しているかどうか
  • 専攻の内部率/外部率
  • 必要な科目
  • 問題との相性

などでしょうか。それではひとつずつ説明していきます。

自身のやりたい研究と一致しているかどうか

自身が学部で所属していた研究室にそのまま進むのと比較すると,他大学の院試を受け直すということは「もう一度研究テーマを決める必要がある」ということになります。院試の出願をする段階でじぶんの将来像や研究テーマが描けている人は少ないと思いますが,HPや説明会,研究室訪問などで自身のやりたい研究と合っているかどうかよく考えるといいと思います。 本当にやりたい研究をしたいのか,いわゆる学歴ロンダ,院ロンダをして「東京大学大学院」の学歴をほしいだけなのか,というのをよく考えないといけません。

専攻の内部率/外部率

東京大学の大学院の入試は一般にはむずかしいと思われがちです。厳しい学部の試験をくぐり抜けてきた内部生と戦わなければいけないからです。しかし,そんな東大にもいわゆる「入りやすい研究科」というのは存在します。 「直属の学科がない研究科」が基本的には「入りやすい研究科」ということになりそうです。これはどういうことかというと,たとえば昔からある研究科と専攻は 工学部電子情報工学科←→情報理工学系研究科電子情報学専攻工学部システム情報学専攻←→工学系研究科システム創成学専攻 といった感じですね。 しかしながらこういう対応を取ってない新設の研究科も多くあります。創造情報学専攻もその1つですし,新領域創成科学研究科や学際情報学府などがそこにあたるでしょうか。 このあたりこのあたりの情報を見ておくと,なんとなくわかるかもしれません。

必要な科目,問題との相性 については以降で述べます。

院試までのスケジュール

  • 4月: 外部受けるかと思う
  • 5月: 教科書を買った
  • 6月: どの専攻を受けるか決める
  • 7月: 自大の院試と並行して勉強する
  • 8月:
    • 1週目: TOEFL-itpを受ける
    • 2週目: 過去問をちょっとだけ解く
    • 3週目: 院試を受ける
      • 1日目: 筆記(一般教育科目)
      • 2日目: 筆記試験(専門科目)
      • 3日目: 口頭試験

という感じでした。概ね分野がかぶっていたので自大用の勉強はあまりせず,東大用の勉強をしつつ足りないところを補う,という感じでした。勉強時間だとおそらく3週間やったかな?というくらいです。

基本的な勉強方法としては,かなりギリギリになるまで過去問は解かず,教科書を読んでいました。あまりにも解けなさすぎて嫌になったのと,創造情報学専攻はそこまで細かい知識を聞いてくるわけではないので,ざっと頭に入れておくとよいだろうと思っていたのとです。

おそらく自大の中で他大受験をする人はそれほど多くはないと思うので,スケジュールや計画はある程度ガバガバでもいいのできっちり把握しておきましょう。英語受け忘れた……なんてことは避けたいです。

筆記試験について

いちばん大事そうな筆記試験について詳しく書きます。創造情報学専攻の夏入試で必要な科目は英語(TOEFL),数学orプログラミング,専門科目の3つです。 英語:数学orプログラミング:専門科目 = 1:1:2 の重みづけがされているという噂がまことしやかに囁かれていますが,本当かどうかはわかりません。

外国語(英語)

英語はTOEFL-iBTのスコアシート提出が基本的であり 「やむを得ない場合のみ」東京大学で集団受験するTOEFL-ITPのスコアを利用することができる ,と書いてありますが,願書にマルをつけ,行って受けるだけです。

  • TOEFL-iBT
    • 受験料が高い(2万円くらい)
    • Listening, Readingに加えてSpeaking, Writingがある
  • TOEFL-ITP
    • 受験料は大学院の受験料に含まれている
    • Listening, Readingのみ

という感じです。ぼくは東大でTOEFL-ITPを受験しましたし,かなり多くの人がTOEFL-ITPを受けて英語のスコアとするようです。英語は元からそこそこできたので,まったく対策をしないまま受験の2日前くらいに以下の本をさっくり読みました。問題形式や解答のポイントを簡単におさえることができます。

TOEFL(R) テストITP 総合スピードマスター入門編

TOEFL(R) テストITP 総合スピードマスター入門編

  • 作者: 高橋 良子,クレイグ・ブラントリー
  • 出版社/メーカー: ジェイ・リサーチ出版
  • 発売日: 2011/01/25
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院試において英語は軽視されがちですが,それなりに対策すると他の人の1.5~2倍の点数を取ることもむずかしくはないため,やっておくといいと思います。差がつきやすいです。 ただし一般教育科目や専門科目がある程度できていれば「英語が悪いから落とされる」ということはないようです。きちんとした例なのかはわかりませんが,TOEICが400点台の早稲田の同期は電子情報に受かっていました。

一般教育科目(プログラミング)

創造情報学専攻のみ,出願時に数学またはプログラミングを選択して受験することができます。ぼくは数学がそれほど得意ではなかったし,復習するのも大変だったのでプログラミングで受験することにしました。年による難易度の差がそれほど大きくなく,そこまで難問奇問は出題されないため,対策しやすいと思います。

簡単なレギュレーション

  • 大問1つで構成。例年(1)~(6)くらいまである
  • プログラミング言語は自由。
  • インターネットへの接続は不可だが,マシン内のライブラリ,コード片は自由に使用できる。
  • リファレンス(物理)を1冊に限り持ち込み可能

本番は2.5時間かけてがりがりコードを書き,コード集を各自に配られるUSBメモリに入れ提出。その後マシンを置いたまま退室し,午後に1人ずつ動作チェックと試問を受ける,という形で進みます。

プログラミング試験の対策

競技プログラミングはそこまでやったことがなく,慣れていた言語ということでRubyと迷った末にPython2で受験することにしました。リファレンス(物理)は持ち込まず,dumpしたPython2.7のリファレンスを参考にしました。 例年競技プログラミング系のむずかしい問題がそこまで多く出題されることはなかったため,Project Eulerを1日1題ずつくらい解いていました。ただそこまで対策としてはよくなかったと思います。本番も4割くらいしか解けませんでした。 ふだんプログラミングするときは,書き方がなんとなくわからなくなったらぐぐる,という感じでだらだら書いていました。しかし本番のレギュレーションはそれと大きく異なっています。そのため

  • 時間を決めて解く
  • Googleではなくリファレンスを参照して解く

あたりのことを意識して対策を行うとよさそうです。また普段ファイル入出力に触れることはあまり多くありません。 .txt.csv の入出力は簡単に見ておくか,まとめシートを作っておくと時間の節約になると思います。書籍ですが,かの有名な蟻本が必要なほどではないので,いわゆるTLE本をやっておくのがいいと思います(ぼくはやりませんでしたが)。後で述べるアルゴリズム問題の対策にもなると思います。

プログラミングコンテスト攻略のためのアルゴリズムとデータ構造

プログラミングコンテスト攻略のためのアルゴリズムとデータ構造

専門科目(創造情報学)

続いては専門科目についてです。創造情報学専攻の夏入試では専門科目として,創造情報学以外にもコンピュータ科学,数理情報学,システム情報学,電子情報学,知能機械情報学のうちいずれか1つを選んで専門科目とすることもできます。ぼくは創造情報学で受けました。理由としては,

  • ソフトウェア関連の問題が多い
  • 知識を問う問題が少ない
    • 幅広い分野への基礎知識をベースに答えていく問題
    • きちんと頭を使って解けば答えが出る問題

などが挙げられます。先にも挙げたようにアルゴリズムや情報システムに関する問題が多く出題されており,逆にハードウェアに関する問題はそれほどまで多くはありません。要項にも

ソフトウェア・アルゴリズム,コンピュータハードウェア,情報システムなどに関する問題が出題される.3問解答する.

と書かれていますね。ぼくはアルゴリズム,ハードウェア,(後で述べる)語句説明の大問3問を解きました。

また上にも書いてあるとおり きちんと頭を使って解けば答えが出る問題 が多く出題されるように思います。見たことのない設定の一見するとむずかしそうな問題でも,よく読むと簡単じゃんみたいな問題が多かったように思います。このあたりは東大の学部入試の問題にも少し似ていますね。

アルゴリズム

ぼくは競技プログラミングをそこまでちゃんとやったことはありませんし,アルゴリズム系の問題はどちらかというと苦手でした。他の様々なブログを読むとオススメされていた以下の本をやりました。薄い割にきちんとまとまっていていい感じです。 この本を1冊きちんと読み込めば,どんなアルゴリズムが出てきても大体はどうすればいいかわかると思います。この本で基本的な概念を抑えつつ,一般教育科目(プログラミング)の勉強と合わせてがりがり実装する,というのがいいでしょう。最初の方は擬似コードをきちんと手書きしていましたが,途中からめんどくさくなってやめました。

データ構造とアルゴリズム (新・情報 通信システム工学)

データ構造とアルゴリズム (新・情報 通信システム工学)

アルゴリズム関連の問題は,一般教育科目(プログラミング)にも関連しますし,毎年ほぼ必ず出題されるのできちんとやっておくといいと思います。必須です。

ぼくはやりませんでしたが,アルゴリズムイントロダクションなんかを読んでおくのもよさそうです。

アルゴリズムイントロダクション 第3版 総合版 (世界標準MIT教科書)

アルゴリズムイントロダクション 第3版 総合版 (世界標準MIT教科書)

  • 作者: T.コルメン,R.リベスト,C.シュタイン,C.ライザーソン,Thomas H. Cormen,Clifford Stein,Ronald L. Rivest,Charles E. Leiserson,浅野哲夫,岩野和生,梅尾博司,山下雅史,和田幸一
  • 出版社/メーカー: 近代科学社
  • 発売日: 2013/12/17
  • メディア: 大型本
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ハードウェア

ハードウェアはあんまり得意ではなく,できれば捨てたかったのですが,そうもいかないので以下の2冊の教科書を読みました。

コンピュータアーキテクチャ

コンピュータアーキテクチャの本にはかなり助けられました。非常に詳しく書いてあるし,章末問題が解説も含めかなりきちんとしているので,1冊丸ごと読むとコンピュータアーキテクチャはほとんど問題なくなると思います。コンピュータアーキテクチャに加えて,いわゆるオペレーティングシステム的な話まで広げて書いてありました。

コンピュータアーキテクチャ (電子情報通信レクチャーシリーズ)

コンピュータアーキテクチャ (電子情報通信レクチャーシリーズ)

論理回路

論理回路はみんな勧めていた坂井修一先生の教科書をざざざっと読みました。コンピュータアーキテクチャの本もですね。余談ですが著者の坂井先生は創造情報学専攻の教授です。当日に解いた問題の構成がほとんどこの教科書の章と同じで驚きました。もしかしたら坂井先生が問題を作られていたのかもしれません。 組み合わせ回路からの出題が多く,順序回路はあんまり出題されないイメージです。

論理回路入門

論理回路入門

用語問題

過去問を見ればわかるのですが,8つの用語が書かれていて,そのうち4つを選んで説明しなさい。といった形式の問題が毎年出ます。

これは色んなところでも言われているのですが,対策としてはひたすらwikipediaを見ていました。とはいえ,出そうな範囲はなんとなく絞れてきます。過去問を解きつつwikipediaで調べて,その項目の中にわからない単語が出てきたらまた調べる,といった具合です。wikipedia各項目の「概要」をまとめるといい感じです。個人的にはここは点取りどころだなと思っていました。

得点開示

東大院試の得点は,情報理工学系研究科の場合は情報公開室というところに行くと開示することができます。もろもろの手続きで1ヶ月近くかかるので困ったところなのですが,せっかくなので開示することにしました。

外国語科目(TOEFL-ITP): 547/677
一般教育科目(プログラミング): 60/200
専門科目: 208/300

プログラミングがなんともひどい点数ですね。むずかしかったから仕方ないかなあという気もするのですが。このあとの配点の重みづけが謎なところですが,大体5~6割くらいは取れたかなという感じだったので,採点はそんなに厳しいということはなさそうです。

数式アレルギーの人たちへ

rentwi.textfile.org

数学者でプログラマの結城先生の《数式アレルギー》に関する文章を読みました。ぼく自身も理系の端くれですし,色々と思うこともあるのでちょっと書いてみようと思います。

先生の言うように,数式っていうのは,われわれ理系にとってはものすごく大事なものです。それこそ「ことば」であったり,「共通語」であったりするかもしれません。数式はほとんどすべてを厳密に表現できるし,だれが見ても基本的には同じ情報が伝えられるからです。

でも,そうであっても,それが

何を怒っているかというと「私は数式アレルギーでして(てへ)」といってる(自称)大人に怒るのだ。勉強不足を恥じろよ。若者を自分のレベルまで落とそうとするなよ。文系ですからなんていうなよ。きょうび文系でもしっかり数式はよむぜ!若者を自分のレベルまでおとしめようとするのに腹が立つのだ。」

だと言っていいことにはならないと思うんです。

漢字が読めない若者を怒るでしょう?英語を読みたくないという若者を叱るでしょう?数式はそれと同じだ。

たしかにそうかもしれないなあ,って思います。でも,英語や漢字と数式とでは「生きるために必要かどうか」っていうことが,かなり根本的に違ってくるような気がします。数式にまったく触れなくても生きていける人は数多く存在するけれど,英語と漢字に触れなくても生きていける人は,数式のそれに比べると圧倒的に少ないんじゃないか,ということです。 加えて,漢字や英語は「生きているだけで自然に」身につけていく人もいるものです。数式はきちんと教育を受け,トレーニングを重ねないと読み書きすることはできません。


というような文章を書こうと思っていたのですが,どうやら先生が伝えたいのはそういうことではないようですね。

自分が使える武器を磨こう。武器とは言葉だ。日本語も英語もプログラムも数式も、あなたの武器だ。

氏はこのようにも述べていて,

大人は真剣に勉強しよう。真剣に考え、真剣に学ぼう。

最後にはこのように締めくくっています。

全員が数式を数学者のように読めと言っているのではない。そうではなく、歴史的な《知》に対する敬意が感じられない発言に腹を立てているのだな、私は、きっと。

けれど「大人が数式を学ぶ」っていうのも,そう簡単にいかないんじゃないかな,とも思うんです。なぜかというとそれは,先生が述べるように 歴史的な知 であるからです。数学とは(数学だけには限らないことですが)本当に気の遠くなるような先人たちの知恵の結晶の積み重ねの上に,成り立っているものだからです。

たとえば高校2年生の終わり〜3年生くらいで習う「微分積分」は,(諸説ありますが)実際に生み出されたのは17世紀です。つまり,1+1から始まって,がんばって高校生まで数学を勉強したとしても,300年も前の数学に追いつくのが精一杯だということです。

「お,数式なんだかおもしろそうだな」とか「数学ちょっとやってみようかな」と思って,実際に楽しくなるまでには,積み上がっているものがどうしても大きすぎるのです。数学の歴史が積み重ねの上に成り立っていたように,数学の教育も同じように積み重ね上に成り立っているからです。微分積分がわかるためには,Σの計算と極限がわかっていなければならず,Σがわかるためには数列が,数列がわかるためには方程式が,といった具合です。

受験とか教育とかではよく言われていることですが,これが数学のむずかしいところであり,数学が得意な人と嫌いな人をわけてしまう大きな要因の1つでもあります。ある地点でつまづいてしまったとすると,そこからいくら学んでも,それは基礎の悪い建物を作るようなもの。積んでも積んでも崩れていってしまうばかりです。

そこで「つまづいてしまったところ」まで戻って,そこからまた積み重ね直す,っていうのもなかなか時間的にむずかしいことです。だからこそ《数学アレルギー》になり,とりあえず見なかったことにしてしまうのかもしれません。

そんなわけで,《数学アレルギー》もなんだかんだしょうがないのかもね,というお話でした。とはいえ,結城先生の「数学ガール」なんかは,また今までと違った切り口で数学を捉え直しているし,前に書いた「積み重ね」をそこまで意識せずとも楽しめる,とてもいい本なんじゃないかな,とは思うんですけどね。

そう思うと,比較的歴史が浅く,始めてから数年で仕事に使えるくらいのレベルに達することができる英語やプログラミングなんかは,なかなか「真剣に勉強しやすい」のかもしれませんね。とはいえプログラミングも「なにがどうなっているのか」をしっかり理解しようとすると《数式アレルギー》を克服しなければならないのですが。

あわせて読みたい:

wofwof.blog60.fc2.com

だれのためになにをつくるのか

Webエンジニアとしてのアルバイト

さて,ここには書かなかったのですが,Webエンジニアとしてアルバイトを始めてからそろそろ1年くらいになります。なんだかんだ3つの会社を渡り歩いて来て,色々と思うこともありました。1つ目は大手IT企業を脱サラした2人が立ち上げたガチガチのスタートアップベンチャーで,2つ目は社員50人くらいのそろそろミドルに行きたいベンチャー企業,3つ目は社員数400人くらいのメガベンチャーでした。

ぼくがしていた仕事は,ちょっとむずかしく言うと「バックエンドWebエンジニア」という役割です。ものすごく大ざっぱに言うと,Webページの見た目を作るのではなくて,ユーザーごとに異なる動作をするとか,データベースを操作するとか,そういう「裏側」を作る人のことですね。 具体的にぼくがどんな仕事をしていたかというのは今回ほとんど関係がないので,まあそんな仕事もあるんだなくらいに思っておいてもらえば問題はないです。

今回はこのあたりにからめて なにかをつくるとはどういうことか ということを書こうと思います。

マニュアルを読めば

1つ目の会社で作っていたWebアプリは,主に官公庁や古くからある企業むけのものでした。基本的には「今まで紙ベースで行なっていたものをWebベースにしよう」という姿勢のもので,具体的には業務支援サービスや勤怠管理システムのことを示します。 そこでは ユーザーのことを考える ということは,残念ながらほとんどありませんでした。 「どうすれば使いやすいか」を考える暇があるならマニュアルを書けばいい といったような感じで,悪く言えば殿様商売といったところですね。

ここから先はぼくの邪推だけれど,開発者とユーザーの間にはこういう心理があるのだと思っています。

  • 開発者
    • どういう風に使っても案件が決まってしまえば使ってもらえる
  • ユーザー
    • どれだけ使いにくくても結局それを使うしかない

というもので,もう少し言い方を変えると,両方とも「天から降ってくる」ようなものだといえます。 ユーザーにとってそのサービスは, 天から降ってきたのだから仕方なく使うもの であるし,開発者にとってそれは 天から降ってきた案件なのだから最低限の仕様さえ満たしておけばよいもの でしかないということです。

こんな風に書くとSIerとか業務アプリといった業界を批判しているかのように見えるかもしれないけれど,そういうわけでもないのです。そこにコストをかける必要がないのであれば,そこにコストをかけないのはごく自然なことだからです。 そのシステムではそれは求められていない。

見たところ使いにくいなあ,と思っていたシステムではありましたが,それを使いやすくするためには時間もコストもかかります。まだまだ下っ端エンジニアだったぼくは「これはこういうものだ」と言い聞かせ,ひたすら上に言われた通りにプログラミングをしては,マニュアルを書いていました。 ほとんど「ログアウトボタンを押すとログアウトできます」なんてことが書かれたマニュアルを作らなければいけないことはそれなりに悲しくはあったのですが,そういう仕事なんだと思うしかありませんよね。学生アルバイトができることなんて,本当に微々たるものなのです。

新しい技術を取り入れていくべきか

その会社で使われる技術は,お世辞にもそこまで最新のものとはいえませんでした。ぼくはそこそこギークな人間で,はてなブックマークやらなんやらで「流行り」を追っかけるということが好きです。その会社ではその記事でもう時代遅れだと批判されているような技術やフレームワークがまだまだ現役でした。 そこにはバージョン管理という概念はなく,全員が本番サーバにターミナルからSSHでログインし,vimで直接ソースコードをいじるといったような環境です。

けれどこれも,それが必要とされていないから,変わることはないんですね。いわゆる「技術力が高い」と言われるITベンチャーなんかだと,最新の技術やフレームワークをどんどん取り入れていきます。

なるべく少人数でスピーディーに開発できるシステムを用いれば,人件費を下げることができます。どんどん効率化していかないと,競合するサービスに敵わないからですね。また頻繁な新機能の実装とテスト,セキュリティの維持,バグの修正,負荷対策などなど, 様々な問題をその高い技術力で解決していかなければいけません。

けれど,二回目になりますが,ぼくがかつて作っていた業務アプリケーションでは,そういうことは必要とされていなかったんです。いわゆる「作りきり」でお金もぽーんともらえるので,最新の技術を使う必要はないし,使われる場面も限られていますから,新機能が追加されることもほとんどありません。セキュリティだってお世辞にも強化されているとはいえませんでした。

まったく毛色の違う2つの会社で働いてわかったことは,結局 技術力は必要とされなければ高まらない ということでした。今となっては当たり前のように思えますが。新しい技術をどんどん取り入れていくことは,一見するとすばらしいことのようにも思えます。しかしそこにはドキュメントが少なかったり,開発できる人が少なかったり,導入コストが高かったり,色んな障壁も存在するのです。

なぜ技術が必要か

結局のところ技術力って「だれのため」のものなんでしょう。また「なんのため」にあるんでしょうか。 ぼくは結局それは 「ユーザーのため」であり,最終的には「エンジニアのため」 なんだと思っています。

エンジニアには大きく分けて2種類の人がいると思っています。技術が大好きって人と,ユーザーが大好きって人ですね。ぼくは残念ながら前者ではなくて,後者のエンジニアです。 じぶんの作ったものをなるべく多くの人が楽しく使ってくれたらうれしい。そういうエンジニアです。

結局そのために技術は必要なんです。 ユーザーに合わせて,速いスピードでプロダクトを評価,改善していって,どんどん使ってもらう。そういうことを繰り返していかないと,ユーザーに価値なんか提供できません。ユーザーから挙がってくる「ここは使いにくいな」とか「ここがもっとこうなるといいのに」ということを無視していたら, なるべく多くの人が楽しく使って くれることはないからです。

ぼくにとって技術は,ユーザーを喜ばせたいエンジニアのためにあるものだ,ということです。

なぜエンジニアなのか

ひとことに技術技術と言われるエンジニアがどんなことを考えているのか,一例としてなんとなくわかっていただけたんじゃないのかなと思います。

ぼくはエンジニアのすごいところ,おもしろいところは

少数の力で速いペースで世の中を良くすることができること

なんじゃないかなと思っています。医者とか政治家とか教師とかに比べて,圧倒的速いペースかつ,小規模のチームが世界に大きな影響を与えてきました。

これがぼくがエンジニアを選んだ理由でもあります。世の中にたくさん仕事はあるけれど,エンジニアならなるべく多くの人をなるべく早くハッピーにできる,と本気で考えているからです。

もちろん技術を使って仕事をする会社はたくさんあるのですが,やっぱり「なにか作ってだれかをしあわせにする」っていうことからは離れたくないな,といつも思っています。

予告みたいなもの

さて今回はいつも通りビジョンばかり書いて終わってしまいました。3つの会社を経験してきたことがあんまり活かせていないので,今後はそのことを書いたり,もう少し「はたらくとはどういうことか」ということを書けたらいいなと思っています。

数値化できないこと

 大体3年間くらい所属していたサークルをついこの前,やっと引退しました。
 右も左もわからなかった1年生の頃を思い返すと,時間は長いようで短くて,なんだかあっという間に終わってしまったなあ,なんて風にも感じます。そんな中できっとぼくは「けっきょくサークルでなにを学んだのか」ということを,ずっとずっと,考えてきました。「これだ!」という答えは今も出ていないままなのですが,なんとなく思いがまとまったので,書いておくことにします。
 そんなの「楽しかった」だけでいいよね,というのも思わなくはないのですが,やっぱり人間はじぶんの行動に意味を見出したくなってしまうのです。
 
 ぼくが所属していたサークルは,ESSというサークルでした。
 これだけ聞いてピンとくる人はきっと少ないはずなので,少し解説しておきましょう。ESSとはEnglish Speaking Societyの略で,要は英語を楽しくしゃべろうね,というサークルです。
 ひとくちに「英語を楽しくしゃべる」といっても,活動内容はさまざまでした。観光に来た外国人の方を案内する「ガイド」,みんなの前に立って話す「スピーチ」,そしてぼくが最も多くの時間を捧げた「ディスカッション」。ディスカッションとは,あるひとつのテーマについて英語で話し,それぞれの価値観を共有したり,議論を深めたりして,新しいなにかを発見していく,といったものです。たぶん,なにをするのか実際にはよくわからないと思うのですが,大体そんなものだと思っておいてください。ぼくが具体的にESSでなにをしていたのか,というのは今回の話において,そんなに大きな意味を持ちません。
 
 さて,そんな中でこのサークルについて語るとき,やっぱり「数値化できない」っていうことが大きな意味を持つんです。
 ぼくらの活動のほぼすべては数値化されることがありませんでした。「英語で楽しくしゃべる」ことが第一の目的であるからです。そこには能力を示すランクもルールもありません。英語がうまい人もいれば,下手な人もいる。でもみんな英語を楽しんでいる。そんな空間だったのです。
 個人の能力が数値化されないのと同時に,団体としての能力や成果も,なにもかも数値化されることはありませんでした。先に挙げた「ガイド」や「スピーチ」,そして「ディスカッション」といった活動は,なかなかひとつの大学で実現するのがむずかしいものです。だからこそ,どこかの大学が「主催」となってイベントという形で開催し,それらの活動を楽しむ場を提供します。
 何度も言うように,そこにはランクもルールもありません。ぼくが行っていたESSの活動は「競技」ではないからです。イベント自体もそうです。ある大学がイベントを主催したとして,それが「成功」なのか「失敗」なのかを判断する基準が存在しないのです。当日特にトラブルが起きなければいいよね,くらいのものでしょう。
 
 ぼくはそんな環境がはじめ,あんまり好きになれませんでした。
 なぜなら「数値化できない」ということは,ある種の甘えを持つからです。
 なにか改善点があったとして,それを改善したとしても,それがよかったのか悪かったのか,指標がまったくありません。向上心があったとしても,それを「確かめる」ことができないのです。それがぼくらの活動が,いわゆる競技やスポーツとは大きく異なる点でした。「楽しければそれでいい」という感じです。
 もちろん「英語を楽しむ」だけではダメで,同時に「英語をうまくなりたい」と思っている人がいます。それでそのために色んなことに取り組むのですが,それがうまくいっているのか,そうでないのかがわからない。そんな環境でした。そんなのやったって意味ないじゃん,くらいに思っていたこともあります。
 
 でも実はこういう環境って意外と多いんじゃないのかなって思います。
 特に大学生がやる「サークル」とか「ボランティア」は,大体そんな感じです。
 競合他社と差別化をはかり,きちんとマネタイゼーションをして,収益に結びつけていく,ということをする必要はありません。もともとが余暇を使って行う活動なので,暇を持て余している大学生から会費を適当に集めていれば活動は続いていくからです。別に数値化をする必要はないし,ゆるゆる活動を続けていけばいいからです。逆に,そこまでの必死さやある種の殺伐とした感じというものを,その活動に参加する人は求めていません。
 だってそんなの,なんだか会社みたいですよね。
 みんながじぶんや組織の能力を最大化するために躍起になっていて,そこは「数値化」に支配されている。じぶんの能力を示す「数値」は,営業成績だったり役職だったり,給料だったりするところで現れてきます。そしてそのスコアは,なるべく高いほうがいい。
 数字というのは,ものすごくわかりやすいものなのです。数字を使うと,色んなことが見えるようになったり,分析できるようになったりします。いわゆる「ビッグデータ」と呼ばれるもので,とにかくたくさんデータを数値として集めてきて分析すれば,なにがなにと相関関係にあって影響しあっているのか調べることができます。
 だからやっぱり「数値化すること」はとてもいいことであるように思えます。
 
 でも,ESSに属し続ける中で,それだけじゃいけないんじゃないかな,っていう気も同時にしてきたのです。もちろん「数値化」はものすごく便利だけれど,数字だけじゃうまくいかないのです。ばっちりデータで示されていても「なんかこれだとうまくいきそうな気がする」とか「なんかこれだとうまくいかなさそうな気がする」とか,そういうふわふわした「感じ」はどこまでも残ってしまうからです。
 しかももちろん,すべてのことが数値化できるわけではありません。「楽しさ」とか「心地よさ」とか「じぶん自身の成長」なんてものはなかなか客観的には測定できないので,なんとか実感していくしかありません。そういう「感じ」も無視するべきではないのです。
 仮に数値が出ていなくても,なんか楽しい「感じ」がするのならば,それは進めるべきなのかもしれません。逆に数値が出ていても,なんか嫌な「感じ」がするのならば,それはやめるべきなのかもしれません。
 ときどきやろうと思っても,ESSを続ける意味は数値化し分析することはできませんでした。きっとそういう点でもぼくは「感じ」に支配されていたし,合理的でありつづけることになんらかの抵抗をしていたのだともいえます。
 
 こういうことは,最近いろんなところで言われている「人工知能」とか「IT化」とかいうところにも結びついているのかもしれませんね。なるべく人間よりもAIとか機械にまかせた方が,数値としての作業効率や生産性は大幅に向上するでしょう。でもそこで,先に述べた「感じ」が邪魔をするのかもしれません。客観的にはわかっていても「感じ」が邪魔をする,というのが,ぼくらが人間らしくあるという,最後の砦の1つなのかもしれません。
 
 けっきょくぼくがESSというサークルに属する中で学んだ中で最も重要なことの1つは「数値化できないこと」すなわち「『感じ』も大切にすること」だったといえます。もちろん数値化も大事なのですけれど,それだけじゃだめだということです。「なんかよくわからないけど,これは大事だと思う」ということを大事にしていかなければいけません,ね。
 人間はそれほど合理的にはできていないし,なかなか数値化して分析するというのもむずかしいものです。もちろん社会に出たり,自身の言動になんらかの説得力を与えたいときには「数値化」は重宝するのですけれど。ゆるふわな大学生のうちは,そういう「感じ」に浸かっておいてもいいのかもしれません。
 こんなことはきっとその辺の心理学や哲学っぽい本にはさらっと書いてあるのでしょう。でもこういうことにじぶんで気づいて,文章として残しておくということは「なんかよくわからないけど大事」だと思うのです。だから今日,こんな文章を書いてみたのでした。
 

 
 最近しばらく「書く」ということから遠ざかっていました。あれほどまで好きだった「書く」ということから,こんなに簡単に離れられるのか,とじぶん自身にやや呆れることもあったのですが,けっきょく今こうして文章を書いています。
 上にも書いたように「引退」ということで,ぼくも「先輩」になってしまいました。じぶんが悩んでいたようなことを相談してきてくれる後輩のことは本当にかわいいし,なんとかしてあげたいな,とも思うのですが,けっきょくこういうことはじぶんで見つけていくしかないのかもしれません。
 やっぱりぼくは書くことが好きだし,書かないと生きていけないみたいです。
 LINEやFacebookでも「文字を打ち込む」という意味での「書く」ということはできるのですけれど,それはこういうブログとはなんだか異なるように感じます。というのもLINEでは相手が確実に存在するし,Facebookの場合でも「いいね!」ボタンかなにかで,こういうブログよりは読み手に近いように感じます。
 前にもこんなことを書いた気がしますが,やっぱりこうやって「だれが見ているかわからない」という状態で文章を「公開」することでしか,ぼくは生きていけないのかもしれません。これはかつて「あみめでぃあ」に書いたことにもつながることです。また上に書いたことは,以前にも書いたわかりやすい,はえらくない?にもつながるのかもしれません。
 なんだかんだ述べていることは9ヶ月前とあんまり変わらないような気もしてきましたが,それだけぼくにとっては「大事な感じ」がするということなのでしょう。
 アルバイトのこと,これからのこと,コンピュータのこと,文章のこと,ブログのことなどなど,まだまだ書き足りないことはたくさんあります。なんとかこれからも文章を書いていければいいのになあ,とは思うんですけどね。

ぴゅあだった頃の夏の話

 夏が来るといつも思い出すことがある。
 それはぼくが中学3年生だった頃の話。その頃はぼくもぴゅあだったし,色々なことを考えていそうで,ぜんぜん考えていなかった。いわゆる中学生であったし,厨二病はいい感じにこじらせていたし,要するに,世界をぜんぜん知らなかった。そんな中で経験したことを,せっかくだからちょっと書いてみようと思う。
 記憶を頼りに書くので,一部で事実を反するところがあると思う。まあでもそろそろ時効だし,せっかくの夏だから,たまにはこういうことを書いておくのもいいだろう。最近ちょっと小説チックの本を読み始めていて,こういう文章も書きたいな,と思っていたというのもある。
 「思い出す」ことであるので,これがすべて事実であるとは限らないし,記憶違いもあるだろうけど,その辺はなんとか勘弁してください。
 
 中学生の頃,ぼくはサッカー部に入っていた。
 サッカーが好きとか,運動が好きとかいうことはあんまりなくて,「とりあえずなにか部活に入らなきゃなあ」とか思って入ったんだったと思う。もともと運動はそんなに好きじゃなかったし,サッカーなんてやったことはなかった。だからあんまり上手くないけど,友達も何人かできたしなあ,くらいでずるずると所属し続けていた。
 中学生は中学生なので,恋愛をしてみたいと思っている。
 でも別にそういうのは知らないし,彼女ってなんのことかよくわからないし,でもなんだか興味はあって,色々とよくわからない毎日を過ごしていた。まあつまり「ぴゅあ」だったのだ。
 そんなこんなで中学生活は過ぎていき,3年生の春になった。
 
 ある日,部活のキャプテンが言う。
「罰ゲームを賭けて,PK勝負をしよう。」
 あんまり乗り気ではなかったけれど,周りもやりたがっているし,負けなければいいのかな,くらいに思っていた。
 お察しの通りぼくはPK勝負に負け,罰ゲームをやらされることになる。その罰ゲームがどんなものであったのかというと「好きな女の子の名前をみんなに教えて,実際に告白をする」というものであった。中学生がすぐ考えつきそうなことだ。
 
 そういうわけで部活が終わったあと,グラウンドのサッカーゴールの脇にサッカー部全員で集まって,円をつくる。
 もう逃げられない。そこでぼくはその子の名前を告げさせられたのだった。
「まあたしかに,かわいいよね」
「最近イメージ変わった子か」
「でもお前その子と話したことあるの?」
 それが1番の問題だった。
 そのときのぼくは,ぜんぜん話したことのない子を好きになってしまっていたのだった。今思うと「一目惚れ」とも言えるだろうか。
 その子はたしか生徒会かなにかをやっていたのだったと思う。全体の前に出て色々と話すその子の姿はなぜか魅力的で,好きになっていた。
 
「じゃあ告白して振り向かせるしかないじゃん」
 だれかが言った。まあそれはそうなのだけれど,それが簡単にできれば苦労はない。呼び出して告白すればいいのだろうけど,そんなことしたら恥ずかしくて死んでしまいそうだった。
「そういえば修学旅行が近いよね」
 ぼくの中学校では3年生の春に修学旅行に行く。修学旅行は1週間後くらいに迫っていた。修学旅行で告白,というのは中学生にとっては「定番」に見えた。それに,ここまで盛り上がってしまった「チュウガクセイ」のテンションを鎮めるのは無理だった。
 
 そんなわけで,ぼくは彼女に告白することになった。
 今思うと,話したこともない女の子に告白するなんて,された方はされた方で迷惑だったのだろう。まあでも,それが中学生という生き物だった。
 特になにをするわけでもなく,修学旅行のその日はやってきた。修学旅行は3泊4日で,2日目の夜にやることになった。彼女の部屋まで出向いて告白をする,という今思い返すと穴だらけの作戦。
 もうその頃にはこの告白は「サッカー部を挙げての一大プロジェクト」のようなものになっていた。女子階へ男子が侵入するのは表向きには禁じられていて,何人かの男子が教師の監視の偵察役になってくれていた。
 そのときの修学旅行の部屋割りは全員ツインだった。彼女と同室の女の子とは知り合いであったため,すれ違うと「告白するんでしょ,がんばって!」と言われて頭を抱えたけれど,そのときは来てしまった。
 
「今ならだれもいない,行ける!」
 そう言う「偵察役」のセリフとともに,ぼくは彼女の部屋の前までたどり着いた。インターホンを押すと,彼女と同室の仲のいい子が出てくる。
「いまお風呂中なんだ,また後にして」
 完全にタイミングを逸してしまったけれど,これではサッカー部の奴らになんて言い訳したらいいのかわからない。仕方ないので一度じぶんの部屋に戻ってしばらく時間をつぶし,再度インターホンを押す。
「なんでしょう?」
 もう逃げられない,言うしかない。湯上がりの彼女はふだん学校で見る制服姿とは違っていて,すごく魅力的だったのを覚えている。
「いやえっと,あなたのことが好きで。見ててすごく魅力的だなあ,なんて。」
「えっ…ありがとう。でも私あなたのことよく知らないから……。メアド交換とかから始めてもいいかな?」
 まあそう来るだろうなとは思っていた。話したこともない人にいきなり告白されるなんてよく考えたら迷惑すぎる。けれど,彼女の対応はものすごく丁寧だった。
 そんなこんなでメールアドレスを赤外線通信で交換して,部屋に戻る。すぐメールをして,次の日も楽しみだねとか突然ごめんとか,そういう他愛ないやりとりをしたんだと思う。そうやってぼくらは「友達」くらいにはなっていった。
 
 そのあと1ヶ月くらいはずるずるメールをしていた。ほとんど毎日メールをやり取りしていると,もっと好きになってしまうものだった。学校では話さないのに,メールではたくさん話す。そういう関係が少し不思議だったのをよく覚えている。もっと近づきたいけど,この距離感も居心地がいい。そんな感じでずっとメールしていた。
 これで終わってもよかったのだけれど,この話にはもう少し続きがある。
 
 「そういえば告白してあのあと,どうなったの?」
 サッカー部の友人が聞く。考えてみればぼくは報告などしていなかったわけで,気になるのは当然のことだろう。
 「断られたわけではないんだけど,別に成功したわけでもなくて,ほとんど毎日メールしてる」
 「え?じゃあもうひと押しでしょ」
 次の日には,ぼくがぐずぐずしていたことをあるサッカー部員にとがめられる。せっかく後押しして「告白」させたのに,友達になりました,だけではやっぱりおもしろくないのだろう。でもその頃にはぼくも彼女のことをかなり好きになってしまっていて,「もうひと押し」は必要にも思えた。
 
 「明日の部活が終わったら,ちょっと話すことがある。」
 こんな内容のメールをして,前日の夜は寝ることにした。その頃からなんだかドキドキして,もしかしたらこの関係は終わってしまうのかもなあ,とも思っていた。
 そしてほとんど右から左へ授業の内容を受け流していると,部活の時間になった。ぼくはグラウンド,彼女は体育館で練習していたので,練習終わりの彼女を呼び出してもらう。
 「はじめて告白したときから好きだったんだけど,メールしていたらもっと好きになった。付き合ってくれませんか。」
 しばしの沈黙のあと,
 「うん。わかった。ちょっと考えさせて。じゃあね。」
 もうだめかな,と思った。
 結局その日の部活では返事はもらえず,なんとももやもやした気持ちのまま家に帰って,学習塾に行く。休み時間にトイレで携帯電話を開くと,メールが来ていた。彼女からだ。もうドキドキはほとんどMAXで,すぐメールを開く。
 
 
 「おねがいします。」
 なんかもうただただ嬉しくて,「やった…」とかひとりでにつぶやいたのを覚えている。告白してOKされるというのは,じぶんが今まで生きてきたというのが認められたようで,ものすごくうれしい経験なのだった。
 彼女は「彼女」になり,ぼくは「彼氏」になった。
 けれど,中学生のぼくらは「付き合う」ということがどういうことなのか,あんまりよく知らなかった。お互いの呼び名を考えたり,時間を合わせて一緒に登校したり,下校したり,どんなところが好きかメールしたり,それがぼくらにとって「付き合う」ということだった。適度にまわりに冷やかされたり,でも好きだったり,学校だとあんまり恥ずかしくて話せなかったり,とにかくそんな感じだった。
 
 そんなこんなで3ヶ月くらいが過ぎた。
 少しずつメールの間隔が長くなったり,夏休みになって会えなくなったりした。きっとその頃のぼくは「彼女がいる」という生活に,慣れてしまっていたのだろう。会いに行こうと思えば会えたし,話そうと思えば話せたし,メールを送ろうと思えば送れたのだけれど,なんでかそんな気にはならなかった。高校受験を言い訳にしながら。
 何度も書くことだけれど,そのときのぼくらには「付き合う」ということがどういうことなのか,全然わからなかった。
 「なんで好きかわからなくなった,別れよ」
 というメールで,ぼくたちは別れることになって,今までの「友達同士」に戻った。不思議と悲しかったり,別れたくなかったりはしなかった。ああ,終わるんだな,とか,そんな感じで不思議とドライにとらえていたことを覚えている。
 彼女に会いに行こうと思えば会えるし,話そうと思えば話せるし,メールを送ろうと思えば送れるのだけれど,そのまま関係が変わることはなにも,なかった。
 
 これがぼくがぴゅあぴゅあだった頃の夏の話だ。
 高校生のときに駅で偶然すれ違って,ちょっとメールをやり取りしたり,そのあと何年か誕生日メールだけは来ていたり,成人式のときに会った大人びた彼女が可愛かったりしたのはまた別の話だ。
 まあ,こういう話がひとつくらいはあってもいいのだろう,と,夏が来るたびに思い出す。