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たいむかぷせる2

何年か後に見なおして頭を抱えてくなるものたちのあつまり

あなたにとって「大晦日」は特別ですか。

     年末のこの時期になると,ぼくはいつもわくわくしていました。特に年末の「大晦日」という日はぼくにとっては特別な日だったのです。
     それは家族にとってもそうでした。わが家では,ぼくが小さい頃は「カップラーメンを食べること」や「日付をまたいでも起きていること」は禁止されていました。でも大晦日ならば,それは許されていたのです。
     小さい頃のぼくは,それはもうわくわくしていました。大晦日だからこそ今までやったことのない「徹夜」をしてやろうかとか,どんな味がするかずっと気になっていた「カップラーメン」を食べてやろうかとか,もうわくわくの宝庫だったのです。それはいつも暮らしていて見慣れているはずの「わが家」の景色を,何度も変えてくれるものであったのでした。
     そうやってぼくはずっと「大晦日」を楽しみにしていたのです。
 
     でも今年はあまりそうではありませんでした。タイムラインで見た人の言葉を借りるならば「もっとも『大晦日感』がない大晦日である」といったところでしょうか。というのも今年は18時ころまで名古屋で高校のときの友人と遊んでいたからです。思えば今までの大晦日はずっと家にいて,外出したことはあまりありませんでした。
     大晦日の名古屋は,ちっとも特別ではありませんでした。いつも通りたくさんの人がいるし,お店もいつも通りでした。たしかにざわついてはいるけれど,なんだか「特別」感がない。そういう風に感じてしまったのです。
     家を出たのが11時前でしたから,(起床している)12月31日の半分くらいを「特別でない」大晦日として過ごしてしまったことになります。
 
     でもその「特別でない」大晦日は,自宅に帰ってきたとたん,終了したのです。
     ぼくの家はやっぱり「特別」な「大晦日」が行われていました。おそばを食べて,紅白歌合戦を見ていました。これは毎年ぼくの家で行われることです。
     でももう1つ「特別」な「大晦日」を演出してくれるものがありました。そう,Twitterです。
     ぼくがTwitterを始めてから,2014/12/25で5周年アニバーサリーとなりました。これで6年目になります。ぼくは毎年の「Twitterでの大晦日」も大好きなのでした。みんなが実況して,いつもより流速*1が速くて,わいわいがやがやしています。そして年が変わるまさにそのときにみんなで「あけおめ!」とかtweetします。
 
     そうやって「みんなで」「特別な」「大晦日」を演出していくというのがぼくは大好きです。テクノロジーってすごいなとか,やっぱり人と人とをつなげてくれるんだな,とかなんだか楽しくなります。味気なく単調な日常の連続に,ときどき「特別」が訪れないと,人間はきっとうまくやっていけないようにできているのです。ぼくはやっぱりわいわいがやがやしているTwitterが大好きです。
 
     今年もTwitterがたくさんの経験や出会いをくれました。もちろんこのブログもそうです。今回は久しぶりにメモを書かずに記事を書いたので,色々とシッチャカメッチャカになっていますがご容赦ください。そういえばまた「しんがり」にも記事が追加されたので,よければお読みくださいね。
 
     あなたにとって「大晦日」は特別でしたか。
     よいお年を。
 

*1:時間あたりのtweet数のこと