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たいむかぷせる2

何年か後に見なおして頭を抱えてくなるものたちのあつまり

学歴コンプを供養したい

思えばこのブログを作ってから結構な時間が経つ。過去のじぶんの記事というものは,見返してもあまりいい気持ちのするものではなくて,できればそうしたくないものではあるけど,せっかくいい機会なので見返すことにした。

大体このブログは2012年頃から書かれていて,かなりの期間を空けつつも更新は続けられ,今に至っている。最初の受験が終わってすぐ作られたということになる。

京都大学は2回受験したけど,けっきょく2回とも落ちた。
けっきょくもちろん一度目より二度目の方が点数は高かったけど,けっきょく落ちた。浪人の時期のことはけっきょくブログに書かなかった。受かったとしたら書こうと思っていたことはたくさんあって,受からなくても書こうと思っていたことは少しあったけど,書いているうちに気分が重たくなってきて,途中まででぜんぶ投げ捨てている。

そんなわけで,ぼくは早稲田大学に進学した。最初は気分が重たかったのをよく覚えている。なんだかんだ高校まではすべて第一志望に合格し続けてきていて,第二志望以下に進学するのは初めてのことだった。「じぶんは本当はこの大学に進学するような人ではなかった」などという無意味なプライドを持ちながら,喜び勇んで入学してきた推薦入学組を,表面上には出さずとも,心の奥底では見下していたのだと思う。

ここでいう《学歴コンプ》というのは,「いちばん行きたい大学に行けなかった」という事実から生まれるものを指す。ことばの定義は色々あるだろうけど,本質的にはこういうものだと思っている。そこに大学のランクはあまり関係ない。むしろ「世間からはいい大学とされている大学だけどじぶんは行きたくなかった」という事実は,《学歴コンプ》をより根深いものにしていく。じぶんでは満足していない大学名を他人に誉められる度に,その不一致がストレスになるからだ。

中学〜高校にかけて,人生のリソースの大部分を注いできた「勉強」が最終的には報われなかったという事実は,志望校に落ちてしまった受験生の上にずうんと重くのしかかる。基本的にぼくらは「たくさん勉強をして,いい大学に行く」ことが最良の自己実現かつ人生のあるべき姿だと思っているし,それしか知ってこなかったからだ。

《学歴コンプ》を消すことはできない。
ずっと消そう消そうと思っていたけれど,けっきょく消すことはできないものなのだ,と思うようになった。京都大学に行ければどれだけよかったかと思うことは今でも何度もある。ぼくは幸運にも学歴ロンダリングに成功したが,それによって《学歴コンプ》が解消することなどなかった。けっきょく4年間を無駄にしてしまったのだとか,ここで上手くいくならなぜあのときとか,多少は軽減されるとしても,消えることはない。

そういうわけで,けっきょく《学歴コンプ》とは一生付き合っていくしかない。大学に落ちてしまったのだという事実は覆せないし,浪人や再受験という選択は,今の日本においてはそれほど楽な選択肢とも思えない。そんな意味で今回は「供養」という言葉を使った。消せないし,書き換えられないけれど,なんとかずっと付き合っていかないといけないもの。そういうような意味だ。

けれど,《学歴コンプ》を持ち続けているのはものすごくかっこ悪い。たぶんこの文章を読んだ人もそう思うはずだ。第一志望に落ちてしまって,第二志望の大学に通っているじぶんが悲劇の主人公だと思ったとしても,そんなこんなで不合格になった受験生はものすごい数になるだろう。第二志望の大学が第一志望だった人もいるのだから,なんてことは言わない。けれど,せっかく母校になる大学なのだからひねくれていない方が大学生活もきっと楽しくなるのだと思う。第二志望の学生たちで傷を舐め合っていても仕方ないし,外の人から見たらみんな同じ「早稲田生」でしかない。

つまるところ,学歴は「高い方がいい」くらいのものなのだな,とさいきんは思うようになった。学歴が高い人の方が色んなことに成功する可能性が高いけれど,それは必須のものではない。高校生のときのぼくは「高学歴」になることしか人生での自己実現の方法を知らなかったけれど,そのための方法はいくらでもある。大学の勉強をきちんとするとか,バイトをがんばるとか,インターンで結果を出すとか,サークルで友達をたくさん作るとか,それはなんでもいい。そういうものを見つけると,少しずつ気持ちが楽になっていった。

そんな意味で,さいきんはようやく《学歴コンプ》ときちんと向き合えるようになった。毎日がうまくいかないと,その原因を「不合格だったこと」に帰着させがちだったけれど,それをやめた。けっきょくはじぶんでじぶん自身をなんとかしていくしかないし,過去にぐちぐちこだわっていても仕方がない。というのに,もう少し早く気づきたかった。おわり。