たいむかぷせる2

何年か後に見なおして頭を抱えてくなるものたちのあつまり

ぴゅあだった頃の夏の話

 夏が来るといつも思い出すことがある。
 それはぼくが中学3年生だった頃の話。その頃はぼくもぴゅあだったし,色々なことを考えていそうで,ぜんぜん考えていなかった。いわゆる中学生であったし,厨二病はいい感じにこじらせていたし,要するに,世界をぜんぜん知らなかった。そんな中で経験したことを,せっかくだからちょっと書いてみようと思う。
 記憶を頼りに書くので,一部で事実を反するところがあると思う。まあでもそろそろ時効だし,せっかくの夏だから,たまにはこういうことを書いておくのもいいだろう。最近ちょっと小説チックの本を読み始めていて,こういう文章も書きたいな,と思っていたというのもある。
 「思い出す」ことであるので,これがすべて事実であるとは限らないし,記憶違いもあるだろうけど,その辺はなんとか勘弁してください。
 
 中学生の頃,ぼくはサッカー部に入っていた。
 サッカーが好きとか,運動が好きとかいうことはあんまりなくて,「とりあえずなにか部活に入らなきゃなあ」とか思って入ったんだったと思う。もともと運動はそんなに好きじゃなかったし,サッカーなんてやったことはなかった。だからあんまり上手くないけど,友達も何人かできたしなあ,くらいでずるずると所属し続けていた。
 中学生は中学生なので,恋愛をしてみたいと思っている。
 でも別にそういうのは知らないし,彼女ってなんのことかよくわからないし,でもなんだか興味はあって,色々とよくわからない毎日を過ごしていた。まあつまり「ぴゅあ」だったのだ。
 そんなこんなで中学生活は過ぎていき,3年生の春になった。
 
 ある日,部活のキャプテンが言う。
「罰ゲームを賭けて,PK勝負をしよう。」
 あんまり乗り気ではなかったけれど,周りもやりたがっているし,負けなければいいのかな,くらいに思っていた。
 お察しの通りぼくはPK勝負に負け,罰ゲームをやらされることになる。その罰ゲームがどんなものであったのかというと「好きな女の子の名前をみんなに教えて,実際に告白をする」というものであった。中学生がすぐ考えつきそうなことだ。
 
 そういうわけで部活が終わったあと,グラウンドのサッカーゴールの脇にサッカー部全員で集まって,円をつくる。
 もう逃げられない。そこでぼくはその子の名前を告げさせられたのだった。
「まあたしかに,かわいいよね」
「最近イメージ変わった子か」
「でもお前その子と話したことあるの?」
 それが1番の問題だった。
 そのときのぼくは,ぜんぜん話したことのない子を好きになってしまっていたのだった。今思うと「一目惚れ」とも言えるだろうか。
 その子はたしか生徒会かなにかをやっていたのだったと思う。全体の前に出て色々と話すその子の姿はなぜか魅力的で,好きになっていた。
 
「じゃあ告白して振り向かせるしかないじゃん」
 だれかが言った。まあそれはそうなのだけれど,それが簡単にできれば苦労はない。呼び出して告白すればいいのだろうけど,そんなことしたら恥ずかしくて死んでしまいそうだった。
「そういえば修学旅行が近いよね」
 ぼくの中学校では3年生の春に修学旅行に行く。修学旅行は1週間後くらいに迫っていた。修学旅行で告白,というのは中学生にとっては「定番」に見えた。それに,ここまで盛り上がってしまった「チュウガクセイ」のテンションを鎮めるのは無理だった。
 
 そんなわけで,ぼくは彼女に告白することになった。
 今思うと,話したこともない女の子に告白するなんて,された方はされた方で迷惑だったのだろう。まあでも,それが中学生という生き物だった。
 特になにをするわけでもなく,修学旅行のその日はやってきた。修学旅行は3泊4日で,2日目の夜にやることになった。彼女の部屋まで出向いて告白をする,という今思い返すと穴だらけの作戦。
 もうその頃にはこの告白は「サッカー部を挙げての一大プロジェクト」のようなものになっていた。女子階へ男子が侵入するのは表向きには禁じられていて,何人かの男子が教師の監視の偵察役になってくれていた。
 そのときの修学旅行の部屋割りは全員ツインだった。彼女と同室の女の子とは知り合いであったため,すれ違うと「告白するんでしょ,がんばって!」と言われて頭を抱えたけれど,そのときは来てしまった。
 
「今ならだれもいない,行ける!」
 そう言う「偵察役」のセリフとともに,ぼくは彼女の部屋の前までたどり着いた。インターホンを押すと,彼女と同室の仲のいい子が出てくる。
「いまお風呂中なんだ,また後にして」
 完全にタイミングを逸してしまったけれど,これではサッカー部の奴らになんて言い訳したらいいのかわからない。仕方ないので一度じぶんの部屋に戻ってしばらく時間をつぶし,再度インターホンを押す。
「なんでしょう?」
 もう逃げられない,言うしかない。湯上がりの彼女はふだん学校で見る制服姿とは違っていて,すごく魅力的だったのを覚えている。
「いやえっと,あなたのことが好きで。見ててすごく魅力的だなあ,なんて。」
「えっ…ありがとう。でも私あなたのことよく知らないから……。メアド交換とかから始めてもいいかな?」
 まあそう来るだろうなとは思っていた。話したこともない人にいきなり告白されるなんてよく考えたら迷惑すぎる。けれど,彼女の対応はものすごく丁寧だった。
 そんなこんなでメールアドレスを赤外線通信で交換して,部屋に戻る。すぐメールをして,次の日も楽しみだねとか突然ごめんとか,そういう他愛ないやりとりをしたんだと思う。そうやってぼくらは「友達」くらいにはなっていった。
 
 そのあと1ヶ月くらいはずるずるメールをしていた。ほとんど毎日メールをやり取りしていると,もっと好きになってしまうものだった。学校では話さないのに,メールではたくさん話す。そういう関係が少し不思議だったのをよく覚えている。もっと近づきたいけど,この距離感も居心地がいい。そんな感じでずっとメールしていた。
 これで終わってもよかったのだけれど,この話にはもう少し続きがある。
 
 「そういえば告白してあのあと,どうなったの?」
 サッカー部の友人が聞く。考えてみればぼくは報告などしていなかったわけで,気になるのは当然のことだろう。
 「断られたわけではないんだけど,別に成功したわけでもなくて,ほとんど毎日メールしてる」
 「え?じゃあもうひと押しでしょ」
 次の日には,ぼくがぐずぐずしていたことをあるサッカー部員にとがめられる。せっかく後押しして「告白」させたのに,友達になりました,だけではやっぱりおもしろくないのだろう。でもその頃にはぼくも彼女のことをかなり好きになってしまっていて,「もうひと押し」は必要にも思えた。
 
 「明日の部活が終わったら,ちょっと話すことがある。」
 こんな内容のメールをして,前日の夜は寝ることにした。その頃からなんだかドキドキして,もしかしたらこの関係は終わってしまうのかもなあ,とも思っていた。
 そしてほとんど右から左へ授業の内容を受け流していると,部活の時間になった。ぼくはグラウンド,彼女は体育館で練習していたので,練習終わりの彼女を呼び出してもらう。
 「はじめて告白したときから好きだったんだけど,メールしていたらもっと好きになった。付き合ってくれませんか。」
 しばしの沈黙のあと,
 「うん。わかった。ちょっと考えさせて。じゃあね。」
 もうだめかな,と思った。
 結局その日の部活では返事はもらえず,なんとももやもやした気持ちのまま家に帰って,学習塾に行く。休み時間にトイレで携帯電話を開くと,メールが来ていた。彼女からだ。もうドキドキはほとんどMAXで,すぐメールを開く。
 
 
 「おねがいします。」
 なんかもうただただ嬉しくて,「やった…」とかひとりでにつぶやいたのを覚えている。告白してOKされるというのは,じぶんが今まで生きてきたというのが認められたようで,ものすごくうれしい経験なのだった。
 彼女は「彼女」になり,ぼくは「彼氏」になった。
 けれど,中学生のぼくらは「付き合う」ということがどういうことなのか,あんまりよく知らなかった。お互いの呼び名を考えたり,時間を合わせて一緒に登校したり,下校したり,どんなところが好きかメールしたり,それがぼくらにとって「付き合う」ということだった。適度にまわりに冷やかされたり,でも好きだったり,学校だとあんまり恥ずかしくて話せなかったり,とにかくそんな感じだった。
 
 そんなこんなで3ヶ月くらいが過ぎた。
 少しずつメールの間隔が長くなったり,夏休みになって会えなくなったりした。きっとその頃のぼくは「彼女がいる」という生活に,慣れてしまっていたのだろう。会いに行こうと思えば会えたし,話そうと思えば話せたし,メールを送ろうと思えば送れたのだけれど,なんでかそんな気にはならなかった。高校受験を言い訳にしながら。
 何度も書くことだけれど,そのときのぼくらには「付き合う」ということがどういうことなのか,全然わからなかった。
 「なんで好きかわからなくなった,別れよ」
 というメールで,ぼくたちは別れることになって,今までの「友達同士」に戻った。不思議と悲しかったり,別れたくなかったりはしなかった。ああ,終わるんだな,とか,そんな感じで不思議とドライにとらえていたことを覚えている。
 彼女に会いに行こうと思えば会えるし,話そうと思えば話せるし,メールを送ろうと思えば送れるのだけれど,そのまま関係が変わることはなにも,なかった。
 
 これがぼくがぴゅあぴゅあだった頃の夏の話だ。
 高校生のときに駅で偶然すれ違って,ちょっとメールをやり取りしたり,そのあと何年か誕生日メールだけは来ていたり,成人式のときに会った大人びた彼女が可愛かったりしたのはまた別の話だ。
 まあ,こういう話がひとつくらいはあってもいいのだろう,と,夏が来るたびに思い出す。