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たいむかぷせる2

何年か後に見なおして頭を抱えてくなるものたちのあつまり

浪人が決まってから

ご存知のとおり,僕はコウコウセイから,ダイガクセイにはなれず,ロウニンセイになったわけです.
語弊は承知のうえですが,今の時代では多くの人が高校生になるわけです,そのうちの何割かが次のステージである,大学生へと進んでいくんですね.
一種のイニシエーションである,大学入試に僕は失敗しました.でも日本はいい国です,浪人という選択肢が一応は残されているわけです.
浪人というのはお金がかかります,しかも自分で費用を捻出できない僕は,親に予備校に通う費用を出してもらうしかないわけです.決して安くはない,むしろ高い,軽自動車くらいなら買えてしまう金額を親に対して背負ってもらうわけです,一種のモラトリアムとして.
こういう言い方はあんまり好きではないのですが,せっかくお金を払うわけです,いや,僕は払えませんね,払ってもらうわけです.
そこでまた僕は考えなくてもいいことを考えつきます.予備校というのは大学に合格しさえすればよいのか,ということですまあ,こんなことはわざわざ聞くまでもありません,たぶんそうです.でも,それじゃもったいない,なぜだかそう思わずはいられないのです.
おそらく多くの人がそうであるように,僕も何らかの自己嫌悪を抱えています.とりあえず現段階でそれは『大学入試に失敗したこと』ではあるのですがそれはとりあえずおいておきましょう,いわゆる性格とかそういう部分をこの1年で変えてみようと漠然と思うのです.
しかしながら,やはり自己というのは自分自身であると同時に四六時中くっついてくるものであるから厄介です.自己の変化というのはおそらくいつもアナログな変化であるでしょうし,下手をしたら変化したことにすら気づけない,そういうものであるでしょう.
そこで,この文章を書くという結論に至るわけです.きっと来年(結果はどうであれ)この文章を見た自分は何か思うはずです.
自分が変われたかどうかの結論はまあ,そこで出すことにしましょう.

浪人が決まった現段階の感情を何とか言語化するのならばきっとそれに1番近い言葉として『怖い』が選択されるはずです.ワクワクやドキドキではない.面白いですね,考えてみれば怖いなんていう感情はきっと,現役のときには思いもつかない感情であったはずであるからです.
これも明確な記録がないので分かりませんが,受験前と後でもきっと,僕の性格というか心とかいうものも何か変化しているはずです.
まずはじめに,身の程を知ることができるようになりました.
周りの風潮のせいにはあまりしたくなくて,もしかしたらそんなものは存在しないのかもしれないのですが現役時の僕にはきっと『謎の自信』というものがあったのだろうと思います.具体的に言うならば,対して勉強していないのに本番にベストが出ると思ったり,自分を唯一無二の天才として疑わなかったり,思いつくものだとこんな感じです.
もちろん,そういうものがないと受験,特に直前期にやっていけねえよ!という人がいると思いますがきっと僕は使い方を間違えました,正しい使い方が何かもよく分からなくはあるのですが.

浪人というのは怖いです.
もちろんこれは浪人いや,大学入試失敗についても言えることであるでしょう.
何かに失敗すると,信条,倫理,経験や過去の自分の行動すべてが不正解になります.正解が何なのかすら分からないはずなのに,です.そんなことはない,たまたまだという人がもちろん存在するとは思うのですが僕はあんまりそうは思えません.敗者が何を言ったところでそれは言い訳という負け惜しみにしかなりません.信憑性が薄れます.せいぜい敗者同士の傷の舐め合いくらいの意味しか持ちません.ここで同時に,この先の文章もすべて負け惜しみであるという布石も打っておくこととしましょう.
色んなことを言う人がいました.僕は完璧に独創的な考えなどないと思っている人間ですのでそうですねつまり,各個人の性格とかそういうものは必ず他人に影響を受けなければ成立しないということです.
そうやって他人の話を聞いたり,他人の文章を読んだりしていわゆる『自己』を形成していくのだろうということです.
よって失敗したことで,周りの環境が自分に与えたすべても極端にいえばまあ,不正解になるわけです.
失敗というのは多分そういう重いものだろうと思います.残念ながら.

過去の事象に,成功または失敗との明確な因果関係があるかどうかは僕には分かりません.すべての成功または失敗には運という要素も執拗につきまとってくるからです.
受験は運だ,という人と,受験は運ではない,という人がいます.もしすべてが運であるのならば努力に意味はありません.もし神とかいう存在を定義するのならば,その存在がサイコロを振れば人生が決まります,もし運という要素が全く介入しないのならば,努力した人は全員合格します.
どちらも正しくありませんよね,でもこれで手詰まりかといえばきっと違うんです.
前のセクションのとおり,失敗は怖いです.できれば失敗したくないから準備や努力をする,しかし困った,どうやら成功や失敗には運とかいう要素がついて回るらしい,どうしようもないじゃないか,ではないということですね,
運の要素が届く割合をできるだけ少なくする,そういう1年にしたいと漠然と思うのです.揺るぎない実力があれば,ちょっとくらい運が混じってきても多分大丈夫です.その揺るぎない実力がなかなかつかないから困るのですが.

とりあえず浪人にするにあたっての所信表明はこんなところにしておきます.まあこんなことチラシの裏に書いてとっておけばいいじゃないかとも思うのですがなかなかそうも思えません,やっぱり誰かに見て欲しいんでしょうね.
これを誰が見ているのかはある程度は推測できるもののやっぱり明確な個人としては正確に特定できません.
まあ笑ってやってくださいという他はないでしょうが.

さあ来年これを見た僕はどう思うでしょうか,笑うか呆れるか…
とりあえず今の僕は,これを書こうと思った数十分前の自分に対して,笑いが止まりません.